Monday, June 29, 2009

あじさい

植木屋さんであじさいを見つけました。 離れのガラージの前が殺風景だったので早速あじさいを買って植えてみました。
遅咲きのあじさいで花は夏から夏の終わりごろまで咲くそうです。

名前はBig Daddy(オヤジ)! あじさいと言えばしっとりと雨に合う女性的なイメージですがオヤジじゃあねェ、、、。
ぐっしょりと雨にぬれたオヤジじゃイヤだ。 こんな無粋な名前をつけたのは誰だ-!?
しかし、こちらには梅雨は無いのでまあいいか。
このオヤジ達、縦横2メートル近くまで成長し大きな花を咲かせるそうです。 スペースに余裕をもたせて3本だけ植えてみました。

黒の帯揚げ

昨日黒の帯揚げの写真を載せたところ早速お叱りの声がありました。

しかし、日本の喪服で使う色とは時代と場所によって違います。 以前は白が使われていた時代や場所もあります。
今の日本における喪服の常識、および着物の常識はおもに戦後作られたものです。 いずれは時代と共に変化するでしょう。

明治の日本画家上村松園の美人画で薄い青磁色の着物に赤い帯、そして黒い帯揚げの女性がとても清らかに描かれております。もちろん喪服ではありません。 (著作権等いろいろあると思いますので写真を載せられないのが残念です)
むしろこの絵の主役は黒の帯揚げ。 きりりと着物および絵の女性を引き立てる引き立て役となっています。

着物は礼服だけではありません。まず衣服=ファッションです。 普段着物を着ない方々が戦後にがんじがらめに作ってしまった着物のルールとやらをふりかざし 表面上の事のみこだわった物言いをされるのは聞いていて気持ちのよいものではなかったです。

また、この着物の戦後ルールを守れないのは日本人では無い - アメリカかぶれした日本人が着物を着る資格は無いというご意見ですが 日本人だから着物を着ているのではありません
日本人以外でも着物が好きで着ている人を知っています。 むしろ着物好きな人は人種を問わずどんどん着て欲しいです。
 
最近は天然素材100%で出来た服はあまりお店にもありませんね。 その中で天然素材に全身をふわりとくるまれた着心地の良さ、また、デザインが変化しないので古い素材でも臆することなく使う事ができる経済性で発見した衣服が着物でした。  決して日本の文化を広めようなんて高尚な意思を持って着ている訳ではないのです。
好きだから衣服として着る。 それだけです。  

あと、一番大切なのは気持ちです。 Partyだったら、場を盛り上げたり、誰かをお祝いしようとする気持ちなのです。
何をどう着ていくのかは重要な事ではありません。

Sunday, June 28, 2009

転勤さよならParty

って私達の事ではありませんが昨夜は夫の前任者のフェアウエルパーティがありました。
場所はその方の自宅でしたが古いお家でとても素敵。 そして奥様が木の皮で籠を作るのが趣味だそうで家中籠だらけ。一つ分けて欲しいくらいでした。大きい籠だったら着物入れられるのに~。

昨夜のコーディネートはまた自分で縫った遠州綿紬とひとみ叔母さんからいただいた夏の帯。 気に入った単衣は自分で作ったこの遠州綿紬しかありません。  他に二着ある綿麻混のプレタものの単衣はサイズが私には少し小さく生地の質感がペラペラです。 やはりこの間日本から持って帰ったオークションでかなりお安く手に入れる事ができたもう一反の遠州綿紬を仕立てなければ。
実は京都のリサイクル着物屋さんで 久留米絣の手織り反物を見てかなりはまり、ギリギリきわどい所まで購入を考えました。 もう少し値段の安い機械織りの久留米絣も見せていただきましたがやっぱり手織り柄のぬくもりにはかないません。 色も柄も気に入り値段は手織りの久留米絣にしては破格の4万円弱でしたがケチケチ夫婦には無理でした。 でもいつか着てみたいあこがれです。
 
お祖母さんや親族から譲られたストーリーやぬくもりのある着物は別格として、自分の気に入った生地で自分で(本当はプロの和裁士さんにお願いしたいところですが予算がっ~)仕立てる自分サイズの着物にかなうものはありませんね。

さて昨日のひとみ叔母さんの帯、柄をよく見ると葡萄?だとしたらすごい季節違い!だったりして。 でも色が使い古した麻袋みたいで(決してけなしている訳ではありません)気にいっています。

薄いブルーに生成り色の帯を少し引き締めたかったので日本ではタブーの黒の帯揚げを合わせました。(喪の色と言っても最近は気にせずにファッションとして使っている人もいると言う事だしちょっと冒険) でも少し濃すぎましたね。帯揚げは淡い色の物しか持っていないのでスパイスの効いた色や柄ものが欲しいところです。

パーティ前に外出しており着替えは髪のアップも含めて一時間しかありません。 しかし、前半30分は髪のアップで時間をとられてしまいます。どうも後れ毛が多いのです。 後れ毛が多すぎると長屋の疲れたおばさん風になってしまうので避けたいところです。
ラストハーフは長襦袢、着物、帯、と超特急で処理しなければなりません。 特に名古屋帯はまだ慣れていないのですが 今回は細かいところを気にせず大急ぎでチャキチャキ結んでいった所今までで一番の出来かもしれません。

しかし困りました、なかなか日本旅行記の続きをアップできません。 どうぞ気長にお待ちください。

Friday, June 26, 2009

背中に枕!

今夜は仕事が終わった後 夫はゴルフへ。
私も偶然、大学時代の友人から夕食のお誘いがあり出かけました。

お太鼓一人で結んだんだよ~と言ってくるりと友人に後ろを見せました。

すると 『背中に枕しょって来たのかと思った!』 と言うのです。
ひえ~枕って、、脱力。 でも言われてみるとその通りだ。 つい背中に枕を背負った行商スタイル(子供の頃、電車で見た大きな風呂敷を背負った行商のおばさん)を想像してしまいました。
やっぱりアメリカ人の友人には半幅帯や袋帯の変わり結びの方が分かりやすいか、、。

ちなみに写真は帰宅してから撮ったのでしわしわ、ぐちゃくちゃは着物評論家の皆様お許しを。
本日は25度くらい。 綿麻混の着物は涼しかったです。帯は頂き物の博多帯をはじめておろしました。
麻混はしわになりやすいのが難点ですが、まあそれも麻の特性と思えば普段着着物のしわもそれほど憎くありません。 

Wednesday, June 24, 2009

叔母さんの帯

今日は暑く外は27度くらいになり色目が涼しい遠州綿紬で過ごしました。
帯はひとみ叔母さんから頂いた帯。 白っぽい名古屋帯は持っていなかったので重宝してます。 おかげで涼しげなコーディネートになりました。



一人で結んだお太鼓。 この前よりはましですがまだ歪んでます。

その後、帰宅した夫に帯を直してもらってから二人で地ビールのおいしいバーに繰り出しました。
レストランバーの入り口で鉢合わせした婦人二人に
『まあ、素敵な服ねェ、何と言ったっけ、、え~っと、え~っと、、』
『、、日本のキモノと言います』 -私
『ああ、そうそうキモノ! 本当に素敵ねェ~』 (普段着なんですよ。そんなに言われると照れるじゃないですか)
てな会話をしてから シェラネバダIPAをグビっと飲みピザをつまみながらディナーとなりました。 

長襦袢は麻40%ポリエステル60%のものですがやっぱり暑かったです。 本当は麻100%が理想ですが値段が高く、仕立て上がりのものでも2万円くらいから。 ファブリックの安いアメリカでも麻は生地代だけで1万円程はします。 確か口上は麻100%、薄いサマードレス向き、、だったな。 長襦袢にも使えそうな生地です。
仕立て上がり製品の半額だし、そのうち生地を買って麻の長襦袢を自分で作ってみるのもいいかもしれない。

上に着ている着物が木綿なのでポリエステルの着物のように、蒸し暑いっていう事は無いのが救いですね。

Monday, June 22, 2009

今年初めてのゴルフコース

まだ日本旅行記は途中ですがおつきあいください。

今日は午後から晴れてきたのでゴルフへ行きました。 私にとっては今年初めてのコースです。
こちらのゴルフコースは安い。 家の近くのコースは休日$12、平日は$10 という破格の値段です。これは行かなきゃソン、とばかりに2年前からゴルフを始めました。 

さすがに半年ばかりやっていないとドライバーでいいボールが出せず、あっちへいったり、こっちへいったり大変な事になりました。
普段運動の為にカートは使わずコースは歩いて回りますが今回はコースを外れたボールを捜すのに忙しく 歩き疲れました。

4時くらいから始めたので9ホール回るともう6時過ぎ。 今日は9ホールでおしまい。 終わった後、クラブハウスで飲む一杯の生ビール。 これがあるからゴルフはやめられん、とオヤジくさい事を考えてしまいます。 

新緑のコースを歩くだけでも楽しいものです。 もしNYの田舎へ来る事があったらゴルフはおすすめのスポーツです。

Sunday, June 21, 2009

和風庭園プロジェクト

家のフロントヤードに花壇がある。 毎年、トマトやインゲンなどを植えていたが草取り、水遣りに見合う収穫があまり無いので今年は別の事をしようという話になった。
で、出た案が石庭。 本格的な石庭ではもちろん無いが出来る範囲で小さな和風庭園を試験的に造ってみる事にした。

まず必要なものは石。 近くの造園業者へ行ってみるとお目当ての大きな石と小さい石があり石全部で$100くらいでなんとかなりそうな値段。 日本風の松はやはり高くて30センチくらいの小さなものでも一本$150くらい。 でも1,2本でもあるとかなり風情があるはず。 

石灯篭も欲しいところだが、今のところカリフォルニアにある店でしか見つけられず、ニューヨークまでの石の送料が馬鹿にならない。日本ではフェイクの石灯篭もあるようだしもう少しリサーチする事にした。

写真を造園のお店で撮り忘れたのが残念ですがまたお店に行く予定なのでお楽しみに。

Friday, June 19, 2009

まだ見ぬ我が子へのプレゼント~未定、女の子限定

さてまた息抜きです。

日本ではひとみ叔母さんからかつてお祖母さんの物だった浴衣を譲り受けました。 色も柄も超お気に入りです。



しかし、着てみると裾が床ギリギリ届くくらいで普通に着ることはかないません。 あれれ、お祖母さんそんなに背が低かったっけ?
対丈で着ることも考えリサーチしてみましたが、やはり長時間着るとはだけてきて着崩れしやすいようです。
おはしょりって着崩れ防止にもなってたのですね。
丈の短い着物は胴継ぎという技をつかい、おはしょりや帯でかくれる所に別布を継ぎ足して丈を伸ばす方法があるという事も分かりました。
しかし胴継ぎをするには当然の如く着物を切らねばなりません。 着たい! でもおばあさんの着物を切るのは~。
悩んでいると夫が一言 『ユミが着ればいいよ』
へっ ユミってだあれ?と一瞬思いそうになりましたがそれはまだ生まれてもいない我が子の事。
以前夫ともし女の子が生まれたらお互いの名前、YukiとJamieの前と後ろを合わせて Yumiにしようと言った事があったのです。 男の子だったらJamki (ジェムキ、、、かわいそ過ぎる、、)。
しかしね~妊娠してもいないし、もう高齢出産になるし。

あと数年まってユミが生まれるようだったら切るのはやめ、もしそうでなかったらその時は胴継ぎしようと思ったのでした。

日本旅行記3~京都から広島・姫路編その1

5月22日
今日の予定は広島、姫路めぐり。ホテルで聞いた朝食が食べられる駅の近くのパン屋さんをのぞいてみた所、冷たいサンドイッチ系の朝食しか無さそうなので入るのはやめた。 新幹線の時間まで少しあるのでお弁当を買おうという事になり夫は駅の構内のパン屋さんで鶏のささ身のサンドイッチとベーコン入りパンを 私は新幹線のプラットフォームで煮物や寿司が入っている京風弁当を購入。
駅のコーヒーショップでコーヒーを買おうとしたら普通のコーヒーお持ち帰り一杯350円くらいだったのでやめた。変わりに自販機で一個120円のホットコーヒーを買う。
缶コーヒーはちょっと甘い。 しかしスターバックスやコーヒー専門店のコーヒーで350円っていうのは分かるがその辺の普通のお店でそのお値段では割高な気がおおいにする。 NYでブランド品以外の普通のコーヒーお持ち帰り一杯は大体100-160円くらい。ついつい比べてケチってしまう自分がいる。 こうして朝食を買い込み博多行きのひかりへ乗り込む。広島まで2時間。

広島駅へ到着し、駅のインフォメーションセンターで地図をもらい路面電車でまず原爆ドームへ。 路面電車なんてなつかしい。電車ではたまたまインドから観光で来た家族連れと乗り合わせた。少し話すと路面電車では英語放送が入らないので何処で降りれば良いのか不安だそうなので降りるところは一緒だから、と説明する。 さて、原爆ドーム前に到着。 私もはじめて原爆が残した傷あとを実際に見た。


しばらく原爆ドームの前にある説明文を読んでいると、どこからか英語でガイドする声が聞こえる。そのガイドさんは『ボランティア』と書いた札を下げ周りの外国人相手に英語でドーム前にある説明文以上の事を細部に渡って説明していた。
夫の袖をひっぱり私達も周りの外国人の輪に加わって話しを聞く。説明の終わりにそのガイドさんがこれから600メートル上空で原爆がさく裂した島病院へ行こうと言う。確かに見るべきものなのかもしれないが、その勧誘の仕方にちょっと疑問を感じた。外国人相手の政治団体なのか? 宗教なのか? 何故だろう。これは未だに不明だ。 周りにいた外国人達も皆同じことを思ったようで、これから原爆博物館へ行くからと言って断っていた。夫はその島病院に何があるのか行ってみたそうだったが(理屈好きな夫は政治団体でも、宗教団体でも 気にいらなければ論破してしまうので心配無いが)、私が帰りの新幹線の時間があるので、と言って断る。そのガイドさん達(帰りによく見ると同じ札を下げた人が何人かいた)の説明はドーム前の説明文よりも詳しく有意義なものだったので何だか申し訳ない気もするが 未だにどうして外国人を島病院へ連れて行きたいのか動機が分からない。 アメリカへ帰ってから島病院を検索してみると現在は木造モルタル2階建ての島外科になっており、建物脇の道路にモニュメントがあるそうだ。

原爆博物館へ行く途中にある原爆記念公園で中学生の修学旅行の団体が献花をしている。 今回の広島行きは夫が望んだものだった。 アメリカ空軍に従事する者として原爆により現地で何が起こったのか直視したかったと言う。

博物館では英語の音声ガイドを借りて2時間半程居た。

博物館を出てからしばらく夫は無口。 感想を聞いてみると今はまだ整理中で言う事が出来ないという。

そういえば2時近くになったがまだ昼を食べていない。 広島と言えばお好み焼き。
原爆ドームから少し歩くと繁華街がありお好み焼きの看板が見える。


その一軒に入り広島風お好み焼きと生ビールを注文してお昼とする。
広島風お好み焼きは私もはじめてで、お好み焼きにソース焼きそばがのった感じ。おいしくいただきました。
また路面電車に乗って広島駅へ向かう。


時間があれば厳島神社も行きたかったのだが、今回はあきらめ姫路城を取る。
姫路城でさえギリギリの時間だ。ただ今の時間は3時、姫路まで一時間、姫路城は5時まで入城可能。 5時まで入城可能という事は6時くらいまでは追い出されないっていう事だよね~、っと希望的観測で行動するタイプB人間なのです。
新幹線のチケットを取ったあと、駅ビルで売っているもみじまんじゅうを夫が買いたがる。いつも通訳してあげていたが今回は『一人で買いに行ってごらん』と初めてのおつかいへ。無事もみじまんじゅうを4個買ってきた。 しかも中のあんの種類が全部違うという技にでた。 エライエライ。

新幹線、こだまでお茶ともみじまんじゅうを食べながら姫路へ向かったのでした。

Thursday, June 18, 2009

日本旅行記3~京都編その1

時差ぼけでやっぱり4時ごろ起きてしまう。本を読んだりして時間をつぶしたが今回は6時過ぎても夫が起きる気配がありません。 軍での日ごろの訓練の成果で寝つきの良い人でうらやましい。 ただ起きる気配が無いとこちらもシャワーを浴びたりドライヤーかけたり物音を立てるのも憚られるので困ってしまう。やっと7時過ぎには半分起きているような気配を感じるのでこちらもシャワーを浴びて身支度開始。
8時頃には朝食を食べにホテルのカフェテリアへ行く事が出来た。
このカフェテリア、相変わらずかゆいところに手が届くサービスの良さで居心地がかなり良い。私は前回はパスしたビュッフェ形式を頂く。 
オムレツのトッピングを『え~っと、トマト、ピーマン、オニオン、マッシュルーム、オリーブ、チーズ、ハム、、ね』と言うとシェフが『それってベーコン以外の全てのトッピングって事じゃないか!』と冗談めかして笑われる。夫からも『今朝一番の大きなオムレツになりそうだな~』とからかわれた。
ビュッフェのシェフはオムレツを作るだけの為に居るのでさすがプロ。外側は程よく硬く内側はトロッっと半熟。 その他、ターキーのベーコン、普通のベーコン、ソーセージ、ハム、フレンチトースト、ペストリー、フルーツなど盛りだくさんでお値段はなんと一人当たり$8ちょっと。お腹もお財布も大満足です。

これからの関西方面への旅行はトランクを各自一つずつ持って行くことにした。二つのトランクはまた一週間後に戻ってくるのでホテルで預かってもらうことに。 よってトランク内の荷物の総入れ替えをしてホテルをチェックアウトしたらもう11時。予定では9時頃に品川を出たかったのにかなりの遅れだ。

品川駅のインフォメーションセンターでアメリカで購入したジャパンレイルパスのバウチャーをJRレイルパスに交換してもらう。 パスポートやグリーンカードを見せレイルパスを発行してもらい、ついでに京都行きの新幹線も手配してもらった。
はじめての新幹線!


出発まで30分程。 
そこで問題発生、これは後々まで尾をひく事になるのだが、、。アメリカで言うタイプA=日本の血液型占いのA型と似ていて理論的思考を好む完ぺき主義者(要は理屈っぽく細かいところまでこだわり口うるさい)。 そしてアルファ型人間=グループを引っ張るリーダー的存在。 片やタイプBとベータ型人間はまったくその逆。
夫はまさしくタイプA とアルファ型である。 私はタイプBで半アルファ半ベータ。(いい加減、アルファ型が居ない時のみアルファ役を引き受けるベータぎみな人間)新幹線に乗るホームへ行こうとしたら夫がどうやってホームを見つけることが出来るのか?とうるさく聞く。 どうやら自分の理解出来ない日本語をベースにして行動をするのが不安らしい。 電光掲示板の見方を教えようとしたが、電光掲示板自体は英語表記が出ているものの、自分の持っている新幹線のチケットにはのぞみ、ひかり、など列車名が日本語表記されているので見分け方を教えられないのでまず困った。 これは後に新幹線のチケットは英語表記で発行してもらう事が可能と分かったのだが当時は知るよしも無い。
で、プラットホームへ着いてから今度はどうやって指定席の車両番号(2号車、7号車、など)の位置が分かるのかと聞かれても、各車両ごとの表示も英語表記は無いし、のぞみ、ひかり、こだまとタイプによっても違うのでまたまた困る。 もしも一人で乗る時に自分の車両番号が分からなかったらとりあえず乗車してしまいそれから車内移動しながら自分の車両を見つけるしか無いね、とタイプB的なアドバイスしても不服そうだ。
そんな事をしながら待っていると新幹線がプラットホームに入ってきてなんとか乗車した。 今の新幹線はフロントが細長いシェイプでかっこいい。

久しぶりの新幹線の座席は足元のスペースも十分にありとても快適。
夫がじろじろと通路を挟んで隣の席を見ているので何かと思ったらお弁当を広げている。 ほとんど通路から首を突き出さんばかりに隣のお弁当を見ていてこちらが恥ずかしくなり脇をつついてお腹すいたの?と聞いたらそうではなくて冷やし中華のお弁当がめずらしいから見入っているらしい。 また、車内で自由にビールや酒が飲めるのにも驚いている。アメリカではレストラン・バー以外の公共の場所でアルコールは飲めない。
静岡あたりでは雪をかぶった見事な富士山を窓から見る事ができた。
それにしても夫が注目している通路を挟んだお隣さんカップルは品川を出てからず~っと食べ続けの飲み続けでダミ声にて宴会状態。 ビールやカップ酒や食べ物が次から次へ手品のように出てくる度に夫が感心して見入ってる。 あまりに見入っているのでまた脇をつついて注意すると『だってあれを見てごらんよ』と言うのでチラッと見てみると なんといい年をしたご婦人が鼻をほじりながら鼻クソを丸めるのに夢中になっている! そんな所まで見ていて、もういい加減やめなさいよと夫をたしなめる。
夫がボソッと『義兄といい勝負だな』と言ったのは聞き逃さなかったゾ。 アメリカ人にもある親族の間でのモヤモヤ! 義兄も強烈な個性の持ち主なのでいずれこのブログにも登場してくれることでしょう。

京都駅に到着したのは2時前になってしまった。京都駅は近代的なデザインで圧倒される。 ホテルは駅のすぐ近くだったので一度荷物を置きにチェックイン。
これでもかっ 参ったかっ!と言う程の丁寧さで迎えてくれてちょっと気恥ずかしい。部屋も申し分なく荷物を置いて早速お目当ての伏見稲荷大社へ出かける。JRですぐの所にあるらしいので2時過ぎという中途半端な時間でスタートする観光にはピッタリ。
京都駅からJRの稲荷駅へ2駅程で到着する。
駅の前から早速大きな大鳥居が見える。これから登るゾ。
一番下にある大社の門前

有名な鍵をくわえたお稲荷様、かなり美形のきつねさんと言う。

平日で少し遅いせいか観光客もあまりいないようだ。 ゆっくりと何千本もある鳥居をくぐって登りはじめる。 この伏見稲荷、上まで登るのはかなり大変と聞いたがどうなる事か。この同じような鳥居が続く稲荷は前々から一度は行ってみたかった。 同じ、シンプルな物が果てしなく続くというループが好みだ。
何と言うか昔好きだった同じパターンが果てしなく続くハウスミュージックと似た趣がある。

この頃はまだまだ元気!

途中まで行くと階段も急になり階段横でへたばってたり休んでいる人も見受けられる。 そういう自分もなんとか半分は上がったかな?という所にベンチがあったので休憩するともう足が疲れて動く気もしない。 夫は頂上まで行きたそうだがつらいならここでお終いにしてもかまわないとは言う。 しばらくすると上から外国人と分かる人がひとり降りてきて夫と話はじめた。その人はイギリスからの人で、京都好きが高じて休暇を取っては毎年やって来るそうだ。ふ~ん、日本人でも毎年京都へ行くのは難しいのにそういう人もいるんだなぁ。
その人は頂上まであと15分弱くらいでそれ程の距離でも無いと言う。 そうか~あと15分くらいなら何とかがんばれるかも。 そのイギリス人にも励まされかなり重くなった腰を上げてまた頂上へ向かい階段を登りはじめた。

しばらく座りこんでしまった四の辻にあった地図


そしてやっと頂上へ登頂成功。頂上はそれ程広くは無くつい見落としてしまいそうな所だった。 お参りをして今度は下り。下りは上がりルートとは別で滝があったりとても静かなゆるやかな参道でそこだけ時が止まってしまったような感覚。しかも4時過ぎであたりはどんどん薄暗くなり始め人気が無い。 一人だったらかなり怖いをしたと思う。
ちょっとドキドキしながら随分下るとやっとさっき座っていたベンチがある四の辻まで戻ることが出来た。そこから下まではまだ観光客もいて少しにぎやかだった。下まで着いてお土産やさんを冷やかしてから駅へ向かう。

稲荷の口の竹筒から水。結構シュール

薄暗い参道。


駅でレイルパスを見せて改札を通り振り返ると夫がいない。改札の前で何やらレイルパスを探しているらしい。 ひえ~まさか落としたんじゃぁ、、と稲荷登頂でかいた汗が全部引く思いだ。 あれは再発行できないし、これからの広島、高野山、金沢はどうするんだぁ~、と不安が頭を駆け巡る。 そうしたらズボンの膝ポケットからレイルパスは出てきた。脅かさないでくださいまし。
電車を待っているとカランコロンと下駄の音が聞こえる。さすが京都、下駄もいいね~と思って音のする方を見てギョッとした。
おじさんが下駄をはいている。下駄は下駄だが歯が何と20センチ程もある。あれで中々上手に階段を上り下りしているではないか。
何かの修行なんだろうか? 夫に何で下駄の歯があんなに長いんだ?と聞かれても答えられませ~ん。
京都駅に着きそのおじさんも降りてまた上手に階段を登ってゆく。で、階段を登りきった後の平らな所ですごい音がしたと思ったらおじさんがコケてた。 通りすがりの若者がすぐおじさんを助け起こし『大丈夫ですか~?』と声を掛けてるのがすがすがしい。 う~んやっぱり。あれは修行としか考えられない。

京都駅で早速夕食を食べに行く事に。 鶏が好きな夫には焼き鳥は初めてだろうと思いホテルで京都駅そばのおいしい焼き鳥屋さんの場所をあらかじめ聞いておいたのでそちらへ向かう。 お目当てのお店を見つけ入ってみると満席で相席しか空いて無いと言う。 相席でもまあいいか、と思って相席に案内してもらうと何とそこはタバコOKらしく相席の人がタバコを吹かしていたのだ。 席に座ってすぐにつきだしまで来てしまったがタバコを理由に即お店を出た。
NYでは公共の場所、例え路中でもタバコは全面禁止なので全く考えもしなかったが日本ではこの後も結構タバコの匂いや煙には悩まされる。
今夜は焼き鳥屋という勢いでホテルを出てしまった為プランB(代案)が無い。
仕方ないのでその界隈をぶらぶら歩くとすぐに串焼き・焼き鳥の看板が出ている店があった。 今回は慎重に店の人になるべくタバコの煙が来ない所と希望と伝えるとまわりに人の居ない奥のテーブルに通された。
生ビール、や焼き鳥を頼んだがその店ではご飯物が無かったので結局ビールのおつまみ系ばかりの夕食となった。会計を見ると6000円くらい。 日本ではまあ普通と思えるのだが夫はおなか一杯にもなってないのにそんなに会計が高いのか!と結構おかんむりだ。
帰りに京都駅の構内に入っているおいしそうなパン屋さんを発見。アップルパイを買ってデザートとしてホテルで食べた。京都はおいしいパン屋さんが多いと聞いていたがそのアップルパイもパイ生地がさくっとして中のりんごの甘さも控えめでおいしくいただきました。
こうして京都一日目の夜が暮れてゆきます。

Monday, June 15, 2009

本日のコーディネート

日本旅行記読んでいただいてありがとうございます。ちょっと合い間に本日のコーディネートを。
綿麻混の着物に名古屋帯の博多を合わせました。

足元が実は実家からもらった畳表のサンダル。 室内で履くのに丁度良くサンダルなのになぜか暖かいのは畳のイグサのせいなのでしょうか? 夏でも靴下なしだと足が冷えて困る冷え性なのですがこの畳表サンダルでは足に寒さを感じません。

もう一つ、実はこれが自分ではじめて結んだ名古屋帯のお太鼓なのです。 今までは夫に後ろの処理を全部おまかせしておりましたが、それでは夫不在の時に一人で結べなくて困った事になります。 半幅帯が好きなのでそれまではあまり気にはしませんでした。 が、しかしちょっとしたセミフォーマルな席に出るときには名古屋帯や袋帯の基本を知らないと不安なものです。
そこで帰国した時に京都の先生に稽古をつけていただきました。 
レッスン中も手先が不器用な生徒なのでなかなかうまくいきませんでしたが根気よく教えてくださった先生に感謝。
でもまだお太鼓の山の部分が変です。 はじめてという事で先生お許しを~。

日本旅行記2~鎌倉編その3

鎌倉にて寺社めぐりを満喫してなんだかお腹一杯になった気分で帰りの電車ではうつらうつらと居眠りする。 
品川には6時頃到着。何分暑い日で汗になったので一回それぞれシャワーを浴びてまた夜8時に集合することにした。
この蒸し暑さに慣れるまでは修行が必要だ。 ホテルに帰りシャワーを浴び汗を流し急いでで着替える。 8時集合の後はホテルから歩いて10分程の弟夫妻の家を見に行きその後、今日突然決まった事だがEちゃんの実家を訪ねる予定となった。
夫にドレスコードを聞かれるが私もよく分からない。弟は私の留学中に結婚が決まり弟不幸?な私は結婚式にもクラスを休むことが出来ずとうとう出席できなかった(ごめんよ~)。従ってEちゃんのご実家の方々とも今回が初対面。初対面の親戚と会う時のドレスコードとは何? アメリカだったらジーンズにシャツで行くのもアリだけど、ここは日本。 フォーマルにしすぎて困ることも無いだろうという結論に至り夫はシャツとネクタイ着用で行くことになる。それに釣り合う私の服は、、。今回セミフォーマルな会合は大阪の叔父さん達との会食、親族との会食と2回だけしか思いつかず、しかも両方とも子供の頃からよく知っている気の置けない親族達との集まりなので自作の遠州木綿の着物で行く予定でいた。
ちょっと気の利いたワンピースも荷物を減らすため持って来ていない。初対面でいきなり着物って Eちゃんのお父様、お母様に変に思われないかしら~?と少し気にしつつ、かと言って他に選択肢も無いので自作の木綿着物で行く事にした。

弟のアパートメントを訪ねると噂に聞いたとおり窓から見る東京タワーが綺麗。
リビング、キッチンは必要な物意外は何も置いてなく、全てがコンパクトで機能重視である。限りあるスペースを有効に使い且つ見た目も美しいという住まいで夫共々感動した。 限りないスペースにオーバーサイズの物(人間も!)が点在するアメリカの田舎とは逆。 あともう一つ感動したものはセンサーで自動開閉する便座のフタ!こんなものアメリカには無いよ~。ああびっくりした。

その後Eちゃんの実家に向けて初めて弟の運転する車で向かう。ナビシステム搭載の車で何と渋滞情報も分かるらしい。
Eちゃんのご実家では最初緊張しながら夫共々挨拶する。Eちゃんお母様が明るく話上手な方であっという間にこちらの緊張も解けいろいろお話する事が出来た。ビールや夕食まで頂き夫もはじめての稲荷すしやおにぎりの作り方を教えてもらったりして楽しそうだ。
Eちゃんのお母様も着物を着るそうでおみやげには何と帯揚げや帯締め、ショールなども頂いてしまった。小物類はあまり持っていないので実にありがたい。 着物で行ってよかった~。 
でも、せっかくならEちゃんが着物を着だしたらお母様としてはもっと譲り甲斐があるだろうな~とも思う。

かなり夜遅く伺ったのであまり時間も無かったけれどお会いする事ができて本当によかったと思ったのでした。

弟夫妻にホテルまで送ってもらった所11時近く。 本当は明日の京都行きに向けて荷作りをしなければならないのだが。疲れたからや~めた。何しろ鎌倉で一日歩いたし。明日でいいや。ホテル一階のバーで寝酒に白ワインを一杯飲んでその日は終わりました。

Sunday, June 14, 2009

浴衣でBBQ

日本旅行記連載の真っ最中ですがちょっと休憩。

昨日は軍の毎年恒例BBQパーティがありました。一年に一回、部署によっては入れ替わりが激しい軍のユニットの顔合わせ的なパーティで500人くらいが来場する大掛かりなBBQです。 招待状には昼の12時から夜9時までとうったている長期戦な企画。

さて私は日本旅行から帰って以来調子が悪く臥せっており前日に床上げしたばかりなのであまり気が進みませんでしたが家族ぐるみでの社交性を重視する軍の風潮から言ってやっぱり今回は夫の為にも出席したほうがいいという結論に達しました。
今は働いていないという弱みもあるし、妻として出来ることはやってあげようと思った訳です。 いえいえ、結構良い銘柄の生ビール飲み放題だからとか、ステーキ食べ放題だったからという訳では決してありません。へへへ。 
あとは夫の同僚の奥さん達や旧上司の女性将校(部署替わりで今は夫の上司では無くなってしまいましたが、彼女がまたカッコいい将校さんなのです)とも久しぶりに会いたかったし。

迷ったのが服。 夫はTシャツ短パン程度のカジュアルで良いと言っていますが過去の経験から言ってイマイチ信用できません。 去年もTシャツ+短パン+ビーチサンダルで来た人は多かったけれど、ビジネスカジュアル程度やサマードレスで気合入れている人達もいたし、、、。しかも雨上がりでちょっと肌寒く病み上がりの身としては暖かくしていきたい。
そこで思いついたのが浴衣でした。 浴衣=超カジュアル ピッタリだ。 で、浴衣着て行くよ~と夫に言うとそれではフォーマル過ぎるのでは?と言う。 何言ってんの、浴衣は準寝巻きカジュアルでTシャツと短パン程度のドレスコードにはピッタリ。

でおばあさんからもらった白地に紺の浴衣と叔母さんのHさんからもらったばかりの赤いミンサー織りっぽく見えるかわいい半幅帯で行って参りました。 白地に紺の浴衣は清楚で好きですがそれだけだとちょっと寂しくなります。 そこに真紅色でもなく朱色でもないほど良く赤い存在感のある織りの半幅帯を持ってきて桃山に結ぶと華やかでかわいげな感じになります。 歳に似合わないって? そこは郷に入れば郷に従えで歳なんて気にしないのがアメリカなので平気平気。
雨上がりなのに日差しが強く白地に紺の浴衣はピッタリな感じです。 おっと、、着てしまってから気が付いたのですが浴衣の下に着るべき浴衣スリップ(肌襦袢と裾よけが一体化したようなもの)を着るのを忘れてしまいました。 また着なおすのも面倒くさいのでそのままで行く事に。 今回裾よけ無しで着物を着るのは初めてでひょっとして裾裁きがすごく悪くて着心地悪いかも、と思ったが大丈夫だった。 車移動でほとんど歩かない為だと思う。 
この浴衣身丈が本当に無いのでおはしょりを普段よりかなり下の腰下でつくり帯はかなり上で結ぶと視覚的にはおはしょりの短さを感じさせません。

パーティでは気負わず自然にリラックスしていろいろな人と旧交を温めることができました。 着物を着だしてすぐの時は気合が入りすぎてただでさえ自意識過剰になるパーティの時は困りましたが、今回は浴衣のせいもあるのか相当リラックスしてたような気がします。 これは着慣れてきたと言えるのでしょうか。
パーティ会場に足を踏み入れた途端、いろいろな人から今回の日本旅行について聞かれました。 中でも夫の温泉デビュー話は相当受けていたようです。 席では夫の部下の方がご両親を連れて来ていましたが、周りは将校クラスばかりの場所柄ご両親には共通の話題も無く手持ち無沙汰っぽかったのでこちらから話しかけた所、ご両親はウィスコンシン州からわざわざ来られたという事が分かりました。 ウィスコンシン州と言えば、夫の好きなフットボールチーム、グリーンベイパッカーズの本拠地。 夫に言うとさっそくその話でご両親を含む座を盛り上げてくれました。 ちょっとはお手伝いできたかな。
今回は初めての人達ともお友達になる事ができました。 その内の一人とは着物の縁です。 夫の同僚達と話していると、ある年配の婦人が遠くの席から近くに来て話しかけられました。 その人は過去に日本に15年ほど駐在していて遠くから私の浴衣姿を見てなつかしさのあまりつい話に来てしまったとの事。 こういう縁もあるのです。 人を感動させる事の出来る衣服、着物って、、とますます着物パワーを感じました。

さてパーティは楽しく普段あまり長居しない夫なのに会場を出た時には7:30をまわってました。 1時頃きたので6時間以上居た事になります。 
問題は次の日に起こりました。 当日は酔っているという感覚は無かったのですが生ビール飲み放題で6時間以上居たのでやっぱり相当飲んでいたようで私は二日酔いで気持ち悪く一日寝て過ごす羽目になりました。
せっかく病気から回復したばかりだったのに!
ビール恐るべし、もう当分飲まない予定ではいます。

Thursday, June 11, 2009

日本旅行記2~鎌倉編その2

円覚寺100体観音像 なぜか100体の観音様全て一円玉を抱えている 観光客のいたずら?


建長寺の法堂の天井画の雲龍図


建長寺方丈庭園


鶴岡八幡宮手水舎で手を洗って清める


鎌倉大仏


長谷寺 和み地蔵


5月20日 鎌倉編その2

品川駅でまずみどりの窓口へ向かい弟夫妻が鎌倉行きグリーン車の手配をしてくれた。待っている間に明日から関西・北陸を一週間かけてまわる予定でアメリカから手配したJapan Rail Path(一人当たり$300程で購入した外国人観光旅行者向け新幹線を含む一週間JR乗り放題のパス、日本人でも外国の永住権保持者もしくは10年以上海外在住でも購入できる)のバウチャーをみどりの窓口で交換しなければならない事を思い出した。ああ、でもバウチャーからJRレイルパスに交換するのに必要なパスポートをホテルに忘れた。仕方ないのでバウチャーを交換するのはみどりの窓口で良いのかだけは聞いておく。 しかし実際に交換するのは新幹線の切符売り場だそうだ。ふむふむ明日の為にも覚えておかねば。

品川からすぐ電車が来てグリーン車の2階に乗り込み出発。グリーン車の2階席は10年以上前に東北新幹線で仙台へ行った時一回座ったきり。さすが2階なので景色も良い。
車内では弟の奥さん(ここではEちゃん)がいろいろな話をしてくれて楽しく車窓から外を眺める間もなく目的地の北鎌倉へ着いてしまった。 北鎌倉では降りる人も多く人に押されて駅から外へ出た感じ。平日でもさすが観光地だけあって混んでいる。
まず駅のまん前にある円覚寺。鎌倉幕府8代目北条時宗が建てた禅寺。階段をあがり立派な門構えをとおるとそこは料金所、さすがに観光地なのでしっかりと集金される。かなり暑く日差しも強いので自動販売機で水を買う。帽子をアメリカから持って来なかった事を今更後悔した。 しばらく行くとまたまた立派な三門と呼ばれる門がある。 ここで夫にどうして寺には門ばかりあるのか聞かれるが返答に困ってしまう。 門を通ることで俗世間の煩悩から解脱し清らかな気持ちで仏殿にお参りする為のようだがうまく説明できない。
仏殿にはきらびやかな釈迦如来像が鎮座されておりお隣の選仏場にも黄金色の薬師如来像がある。選仏場は昔は禅道場だったらしく広い畳が広がる。去年行ったメトロポリタン博物館の日本コーナーで見て以来の畳だ。なつかしい。すりすりと触ってしまう。今度は誰からも怒られない。メトロポリタン博物館へ一緒に行った夫はその展示されている畳にすりすりと触ってしまい係員に怒られてた。
ずんずん奥へ歩いてゆくと妙香池が左手にあらわれそこには虎頭岩と呼ばれる虎の頭に見える岩があるそうだがどう見ても虎には見えなかった。 しばらく先には何もなさそうだったので引き返して行きには見逃した百観音という約百体もあるお地蔵様くらいの大きさの観音様がずらっと並ぶこみちを通る。なぜかどの観音も沢山の一円玉を抱えていらっしゃる。観光客の悪ふざけっぽいがその姿がちょっとユーモラスではある。
そこから弁天堂へ階段を上がると眺めの良い丘の上に出た。もちろんお茶屋さんも出ていて抹茶でも飲みたい気分だがまだ休息には早いだろうという事でここは我慢。 次は鎌倉幕府5代目北条時頼が立てた建長寺だ。
円覚寺から道路沿いにてくてく歩く。途中歩道の道幅が狭くなって人二人すれ違うのがやっとの所を横から車がビュンビュン通り過ぎている、、怖いけど日本に住んでた頃は全く平気だったはず。
建長寺の前は広く駐車場があり観光バスも何台か止まっていた。門構えが厳しく男性的な寺かと思ったら仏殿は徳川2代目将軍秀忠の正室、江の御霊屋だという。 よく見ると仏殿は華やかで女性らしい装飾のような気もする。江と春日の局との三代将軍家光をめぐる対立は小説やドラマに描かれていて有名だ。 両親は自害、また、娘である千姫を敵方豊臣秀頼に嫁に出し関が原では実の姉の淀君と対立するまさに大河ドラマの生き方をした人。 昔の女性もタフだった。
法堂には畳80畳分もある竜の絵、雲龍図が天井に描かれていてまた、いつもの福福しい釈迦像に比べてめずらしいガリガリにやせた断食苦行をしている釈迦苦行像もあった。
そして庭園を見渡せる方丈では靴を脱ぎリラックスして座って庭園を見ることもできぼ~っと癒される。平日でよかった。幾人かが座ることが出来る庭園に面したベンチも休日には満席になることだろう。 10分程座っていると前を通る5,6人連れの婦人の団体に挨拶されこちらも挨拶し返す。知らないもの同士挨拶する事が一般的になってきたのだろうか? とてもよい事だと思う。夫も変な日本語のアクセントで『コンニチハ~』と言ってるし。そろそろ行こうかと思ったら入れ替わりに着物姿の若い女性。自分が好きなので着ている人を見ると笑顔になってしまう。二人ともカジュアルな小紋で色半襟がかわいい。自分は半襟を頻繁に変える所までは行ってなくてついつい白で通してしまうがやっぱり半襟にもこだわらなくては、、と思う。

建長寺からさらに歩いて鶴岡八幡宮の裏口まで来た。途中ケーキや甘味処の有名店の前を通ったがそろそろお昼の時間、でも出発したのが遅くそれ程お腹もすいていないのでスルーしてしまう。
鶴岡八幡宮の境内は人で混みこみだ。遠足の小学生か中学生が非常に多い。
大銀杏を見たり境内下の手水舎で夫が手を洗う人を珍しく思い写真を撮ったり夫自身も脇に書いてある正しい作法にそって手を洗っていた。
鶴岡八幡宮の前、若宮大路や小町通りも人・人・人で埋め尽くされている。
Eちゃんの案内で小町通りを冷やかしながら通って何かお昼でも見つけようかと思ってもどうも人ばっかりで落ち着かない。 結局自分も人ばっかりの内の一人なのだが。おもしろそうな店も沢山あってぶらぶらとウインドーショッピングのような感じで通りぬける。本当は軽く昼食を食べられる店をと思っていたのだがうまく見つかずとうとう小町通りのはずれまで来てしまった。途中着物の古着屋を見つけたけれどビルの2階に入っていて長くなりそうなのでガマンガマン。
そこに見つけたのがとんかつ屋で夫も日本のとんかつは初めてだろうと思い弟夫妻も大丈夫と言うのでとんかつ屋に入ってみる。Eちゃんと夫はかつ重、私は白身魚のフライ、弟はメンチカツ定食。 フライはさくっと軽くおいしかった。夫もはじめてのかつ重はおいしいとよろこんでいる。軽く食べるつもりが結構重い昼となってしまったけど。
小町通りを抜けるとそこは鎌倉駅の駅前で鎌倉と言えば有名なハトサブレーの本店がある。Eちゃんはハトサブレーの本店で買い物があり(実は私の所へのお土産も買ってくれていたのでした。感謝です)私と夫はサブレーと共にディスプレーしてある和菓子や洋菓子を見て舌なめずり 。どれもおいしそうだ。Romeにこんなに綺麗にディスプレーしているお菓子屋さんはまず無い。あえて言えばイタリアンレストランに併設してあるペストリーだがどれもクリーム一杯でドカ~ンと重い。綺麗に盛り付けたお菓子を少しずつという感覚がまるで無いので日本のお菓子屋さんを久しぶりに見ていいな~と思う。
弟夫妻がJRと江ノ電の周遊切符を手配してくれたので鎌倉駅から江ノ電へ乗りこみ夫が見たがっている鎌倉大仏を拝みに行く。
江ノ電長谷駅は無人駅のように小さくなぜかなつかしい雰囲気だ。大仏がある高徳院までてくてく歩いていると体と頭が焼けるように暑い。 また帽子もってくるべきだった、日傘買うべきだったと後悔する。
大仏様の前でお決まりの写真を撮り、夫は大仏の中に入ると言う。灼熱の上に狭く暗く人で一杯の大仏様の中に入る気にはなれなかったので私は外で待つ事にした。 弟もEちゃんも一緒に中に入っていったが若い人は元気だ~。
15分位して出てきた夫が何かうれしそうだったので聞いてみると遠足で来ているらしい数人の子供たちに大仏の中で話しかけられたそうだ。子供たちは習いたての英語で一生懸命コミュニケーション取ろうとしたらしい。何とか少しは相手が何を言っているか分かったそうだ。夫が子供好きなのは前に知人の子供を預かった時に私以上に世話を焼いていたので知ってるが日本の子供と話せて本当にうれしそうだったのでよかったね~と言いたくなる。
その時の逸話だが少しの間預かったウェイン君のお母さんが迎えに来て家に帰る前にウェイン君が私に『君のお父さんって本当に優しくていろいろ教えてくれて僕大好き!』と言ったので一瞬誰の事かと思ってギョっとして次の瞬間爆笑しかかった事がある。いや、子供の前なので爆笑はしなかったが『お父さん』って! 未だにその子は夫がでこんなにデカイ女の子のお父さんと思っているのだろうか、それともお母さんが後で説明してくれたのか気になるところだ。 夫は夫で子供なんだからしょうがないとか言いながらも結構傷ついていたのを知っている。へへへ。

大仏様の後は長谷寺へ向かった。その向かう途中後々まで私の心を悩ませる問題発生。長谷寺の門前通りといった感じのところに着物の古着屋さんを発見してしまったのだ。外に半幅帯が1000円程で売り出されている。今までの行程で店に入ってないしまあいいかと中に入ると処狭しとお宝の山。でも店の人の気配が無い。声をかけると奥から女性店員さんが出てきた。
京都へ行くときは着物の先生の所で着方と名古屋帯のおさらいをする予定で自分で縫った遠州木綿の単の着物で伺う予定。季節的には単と袷のビミョーな所だが暑さが苦手の北米体質と季節の先取りという事で許してもらおうと思っている。そこでブルーの単にあう名古屋帯が無くて探していた。状況を説明するとなかなか良さそうで何にでも合いそうなベージュの鶏の絵の織りの名古屋帯を出してきてくださった。値段も3000円強で超手ごろだ。しかし夫は首を横にふらない。着物一枚帯三枚と言うが夫はどうも着物一枚帯一枚と思っているらしく帯はたくさん持っているじゃないかともっともらしい事を言う。いろいろと説明したがどうも納得していない様子、でもしまいには買ってもいいと言ったけれど後難を恐れてやめた。 しかも鶏の帯なんて変!と言う。私は変わっていていいじゃないかと思ったけれど。 店員さんにはせっかく出してくれたのにすみません、とあやまってお店を後にした。
長谷寺は高台から海や鎌倉市街が見渡せ、自販機でジュースを買い下界を見渡しながら一息つく。 ちょっと恐ろしげな洞窟があり奥には弁財天と十六童子なるものが祭られていて今までに無い緊張感が味わえた。
また和み地蔵というお地蔵様はその名のとおり和めるお顔でオハイオ州の実家でその写真を見た甥のお気に入りとなった。
江ノ電で長谷を後にしたあたりからああ~やっぱりあの鶏の帯買っておけばよかった~と後悔の念に襲われるがもうおそい。夫め~。

鎌倉から東京へ夕方戻り一回ホテルへ帰り着替えて弟夫妻と夜の外出をしました。 続く。

Monday, June 8, 2009

日本旅行記2~鎌倉編その1

5月20日 

今日は東京から手軽に出かけられる古都の鎌倉観光。 弟夫妻が案内してくれる予定。 京都へ行く前の足慣らしとしても丁度良い。

時差ぼけで朝3時ごろに起きてしまう。目がさえて二度寝することも不可能と思われるのでシャワーを浴びて一日をスタートさせたい気分だが夫を起こしてしまうのも気の毒なので本を暗がりで少しの明かりで読んだりして時間をつぶす。
5時ごろになったら何となく夫も起きているようなのでやっとシャワーを浴びて一日がスタート。 こんなに朝早く起きてたら今日の夜はかなり早く眠くなるに違いないと心配だがどうする事もできない。 夫は軍で夜勤務があったりするのでこういう事には体が慣れているようだ。
6時半頃には1階にあるカフェテリアへ行った。広くゆったりしているアメリカンサイズのカフェでウエイターも日本式の丁重さと的確さ、アメリカンスタイルの親しみやすい会話を交えながらと日本・アメリカのサービスの良いとこどりでなかなか素晴らしい。
アメリカ海軍の運営するホテルだが宿泊客は夫のようなエアフォース(空)、アーミー(陸)、マリーン(海兵隊)とさまざまだ。あの制服はネイビー、あの人はマリーンなど見分け方を夫が教えてくれおもしろい。 私服でも髪型と独特の雰囲気でどのブランチに所属するか軍人同士かぎ分けられるらしい。
夫はビュッフェスタイルで、私は何となくビュッフェまで歩くのも疲れていてスクランブルエッグを頼んだ。 アメリカのビュッフェスタイルの朝食は卵の調理のみは目の前でシェフがオーダーどおりに作ってくれるので日本の全てがバイキングスタイルの朝食とはちょっと違う。 自分でピーマン、トマト、マッシュルーム、ハム、ベーコン、チーズなどの具が選べシェフにどのように調理するか細かく指示できる。コーヒーはアメリカ式でお代わり自由。 この普段当たり前のコーヒーお代わり自由のありがたさが夫は京都でよく分かったようだがこれは先の話。
朝食を終えてから弟夫妻との約束までまだ時間があったのでホテルの地下にあるコインランドリーで汗になったポリエステル着物と長襦袢を洗う。 ANAの機内はどういう訳か非常に暑く夫も大汗をかいていた。 やはり北米に住んでいる内に体感温度が寒さに強く暑さに弱くなってしまったのだろうか? 
夫はホテル2階にあるバンクオブアメリカへドルから円に両替しに行った。レートは結構悪く(と言っても政府の施設内にある銀行なので普通の銀行よりは良いレートのはずだが)一ドル93円くらいだった。
夫が両替から戻ってくるなり『ロッポンギって何処?』と聞くのでこの近くだよと答えると銀行の窓口のスタッフから六本木は危険だから絶対に一人で行かないようにとお金を両替するなり言われたそうだ。 両替したお金で六本木で豪遊するように見えたのか? その昔遊んだことはあったけどそれほど危険とは思えないので詳しく聞いてみると外国人をターゲットにした悪徳バーやドラッグを売るところがたくさんあり米軍でも六本木には近ずかないよう勧告を出していると言う。
夫が今回はワイフと来ていると言ったら『そうね。あなたが六本木へ遊びに行くなんて奥さんが許すはずないから心配ないわね~』と言われたそうだ。

弟夫妻とホテルゲートで会い品川駅までタクシーで行く。
品川駅から北鎌倉までは弟夫妻の手配でゴージャスにグリーンカーの二階に乗っていよいよ出発です。

Saturday, June 6, 2009

日本旅行記1~着物で13時間フライト

5月18日

着物で日本へ出発
朝8時Dayton発Chicago行きのフライト。彼の実家に来ていて実家から空港まで20分くらいだが余裕を持って6時には家を出発。 
朝は4時半に起きてシャワーを浴び髪を洗って着物に着替える。着物を洋服感覚で着てはいるが今回のような長時間のフライトは初めて。
長時間のフライトで座りっぱなしでもしわになりにくくもし汚しても全く気にしなくても済む着物ということでポリエステルの洗える着物に決定。 
丁度この季節に合いそうな白地に紫と花を散らした小紋で帯は半幅帯に椅子に寄りかかってペシャンコになっても気にならない貝の口で。ただ貝の口だと帯のゆるみが気になるので帯締めもつける。 長襦袢はポリエステル。 肌襦袢はなんとなく暑そうだったので省略して和装下着の上から長襦袢を直に着た。 足袋はいつもの4枚コハゼだと疲れそうなので靴下式のタビックスに。これは正解だった。
う~ん、こんな姿で飛行機に乗る人ってあまりいないよなと思いつつこれも実験と思うことにした。
髪も乱れを気にしなくて済むようにかつ、後姿も着物の命なので襟にかからないよううしろで二つに結んだだけ。
デイトンに飛行場に付き彼ママと彼パパとハグしてお別れしてセキュリティ-チェックを受けると予想した通り脇に連れて行かれ女性検査官に検査される。
時間的に2分くらい着物の上から手、腰、足などを軽くパンパンと叩きながら着物の下に怪しいものを付けていないかチェックされただけだった。最悪帯も解かれるかな~と覚悟もしていたけれど大丈夫でした。半幅帯で解かれても結び直すのは楽だけど名古屋帯や袋帯だったら結びなおすのも大変でショックだろうな。
セキュリティも無事通過して搭乗ゲートが開くのを待っていて暇だったのでこのノートパソコンを開き無線ネットを試しに探したらありましたタダのネットが。
デイトンの空港はエライ! 
しばらくニュースをブラウズしたりしているとゲートが開き搭乗した。よく見ると日本人らしき人が2,3人いる。夫の実家があるトロイ市はホンダが有り日本人が300人くらい住んでいるらしいのでホンダ関係の人かなと思う。
デイトンからシカゴまではユナイテッドの小型ジェットでよく見ると夫と席が違う。満席だったので席を替わるのはあきらめたら隣に来た人はなんとなく日本人っぽく見える人だったのでこんにちは~と声を掛けてみるとやっぱり日本人だった。無線関係の仕事をしている人でデイトンには無線のショウで毎年やって来るそうだ。
デイトンの空港は昔は原っぱの掘っ立て小屋くらいの小さな空港で今と随分違うらしい。全米各地を旅行する人で旅行話でおおいに盛り上がった。 そんな中、もう幾らなんでもそろそろ飛ぶだろうと言う頃に機内アナウンスで飛行機のメンテナンスしなければならない箇所の部品が無くて今届くのを待っているので出発が遅れるとのアナウンス。 ゲッ、シカゴのANAの乗り換えには2時間くらいしか無いんだよ~! もし乗れなかった場合はANAより出発の遅く提携会社でもあるユナイテッドのシカゴ発成田行きに振り替えられてしまうのか!? せっかく高いお金出して日系航空会社のチケット買ったのにィ~、それとも明日に振り替え? そうしたらホテルのキャンセル料もかかるし 到着してすぐ両親と弟夫婦とのディナーの約束もあるし、次の日は弟夫婦と鎌倉に行く予定だったのにどうしてくれる~、、とありとあらゆる悪い予感に襲われる。
でも隣のおじさんがアメリカのローカル線で行き先を間違えて乗ってしまったりなど面白い話をしてくれるので何とか落ち着いていられる。ちなみに昔は搭乗ゲートで今のように切符を通す改札口のような機械も無く人がチケットをもぎりで切っていたので間違ったローカル線に乗ってしまい英語の聞き取りもあまり出来なかったので空港に到着するまで自分でも気が付かなかったなんて事も数回あったそうだ。
遅延アナウンスが有ってから40人乗りくらいの機内はシーンとしていて盛り上がっているのは最後尾席の自分とおじさんくらいなもので10列くらい前にいる夫にも自分のガハハ笑いがきこえているんだろうな~と思うとおかしい。特に想定外の出来事を嫌う夫は飛行機が整備不足で遅れていることでかなりイライラしているはずだ。
20分くらいして機長から今やっとメンテナンスの部品が届きました、メンテナンスし始めます、整備員が動きまわっているのでこれは良い兆候です!などと整備の実況中継が始まった。この実況中継は状況が分からずイライラしている夫のようなお客さんには良いと思う。
最後に今やっと整備員からOKサインが出ましたぁ~! あと15分くらいで出発できそうです!とアナウンスが入り結局一時間遅れくらいで出発できた。
シカゴ到着後おじさんはシアトル経由で日本へ帰るそうで挨拶してお別れ。夫は遅れたのでイライラぷりぷりしていて分かりやすい。
シカゴの空港でインターナショナルのターミナルに行こうとして空港の案内を見るとなんとANAの名前がインターナショナル発着ターミナルの航空会社リストに載って無い。 なんだそりゃあ、、。おかしいなぁ。シカゴのオヘア空港はユナイテッドのハブでもあるので私たちはユナイテッド専用の広大なターミナルにいる。 でもよく考えたらANAはユナイテッドと提携しているのでユナイテッド専用の掲示板にもフライトナンバーが載っているかも、と見てみると案の定ユナイテッドの電光掲示板に出ていました、ANAのNH011便名が。 ターミナルも今いるユナイテッドと同じ。 乗り継ぎ時間もあまり無かったのでモノレールで移動しなければならないインターナショナルターミナルから発着しないで超ラッキー。 これはシカゴ乗り継ぎでは覚えて置くと良いかもしれない。ユナイテッドのローカル便からANAの乗り換えはとっても楽!
ただ一つの難点はインターナショナルターミナルではないので免税店が皆無に等しい。
一つだけ露天のようなお酒と香水しか売っていないショボイ免税店が一店舗のみ。
お土産を免税店で、と考えていた私たちには想定外のショックだった。
でも日本への乗り継ぎには間に合っただけでも良しとしよう。ちなみにシカゴの空港は有料のインターネットしかありませんでした。 デイトンでは無料だったのに。

ANAシカゴ発成田行きは予定通り出発。 なぜか普通のエコノミー席からスーパーエコノミーという広い席にアップグレードされた。 おそらく理由はANAがサーチャージを大幅に値下げした前に(値下げ前=約$1200、値下げ後=約$800)に購入した為だろう。
アメリカの国内便ではソフトドリンク以外の飲食は有料なので次から次へ出てくるビールやワインそして料理に夫はびっくりしていた。おかげで成田到着前までにはキリン、アサヒ、サントリー、サッポロ各社のビールを制覇して彼はキリンの一番しぼりが一番おいしいという結論を出していた。

成田へは予定通り到着。一番心配した新型インフルエンザの検疫がはじまった。
映画に出てくるようなバイオ服を着た検疫官が搭乗してきて一人一人体温をとり始めた。 もしインフルエンザに感染している人が半径5M以内にいた場合は成田に10日間も拘留されるという話だ。どうか誰も回りにいませんようにと祈るしか無い。
アメリカ国内では新型インフルエンザの毒性が低い事が判明してからは全く影響はなくマスクを付けている人もいないので日本の過剰な対応はとても異様に見えてしまう。そんな事を考えながら一時間程結果を待っていると機内の後部席に発熱した人が二名程いたらしく検疫官に連れられ機内を出て行った。 まるで犯罪者並みの注目度で気の毒だ。私達の席はエコノミーの最前列だったのですぐ解放されたが後部座席周りの人たちはこれからまた検査を受けるという。予定もあるだろうに全く気の毒としかいいようが無い。

荷物を引き取り税関を通過してからアメリカのNavy(海軍)運営の広尾にあるニューサンオーホテルにとまるリムジンバスの切符を買おうとしたら満席で次のバスは一時間半後しか無いと言う。 すぐ出発して座席があるバスはニューサンオー近くにあるというグランドハイアット行きしか無いので仕方ないがそこからタクシーで行くことに決めた。 一度家に電話する約束だったがあと5分でバスが出るというので電話はあきらめてバスに乗り込む。

久しぶりに通ったお台場近くやレインボーブリッジから眺める東京はまだまだ繁栄しているな、という印象だ。
バスから眺める夫にとっては初めてのダウンタウン東京の印象はニューヨークと比べてとても綺麗という。グランドハイアットにてリムジンバスから4つの大型トランクと手荷物を下ろしてもらってどうしようかと思っていたらホテルのスタッフが来て手伝ってくれて荷物をタクシーに全部詰め込むことが出来た。 夫はグランドハイアットホテルのスタッフにチップを払わなくていいのか気にしてたがここは日本なのでチップは無しと説明した。 でもホテルのスタッフは3人がかりでテキパキと宿泊者でもない私達の大きなトランクをタクシーに全部詰め込んでくれてやっぱりここは日本、すごいなぁと思う。
ニューサンオーホテルでは治外法権らしくライフルをかまえたガードが二人門番をしていてタクシーは入れないのでベルボーイを門まで呼んでくれて荷物をホテルまで運び込む。ミリタリーIDを出して中に入るとそこはアメリカ。アメリカ並みに空気を乾燥させていて気持ちいい。スタッフは英語が通じ支払いもドル。部屋もそこそこ大きく満足。
シャワーを浴びて横になると今にも目が閉じそうになってしまう。
しばらくしてフロントから電話があり両親がホテルのゲートに到着したそうだ。ゲートまで迎えに行きホテルの和食レストランへ行く。
再開を喜びビールで乾杯。最初メニューを見たら結構高いじゃないかという印象だったが結局2週間とちょっと日本にいたらそれでもあれは安かったんだなと思う。その後は弟夫妻も加わりにぎやかなDinnerとなりました。
さて明日は弟夫妻と鎌倉見物。 早く起きられるのだろうか。